有馬記念ウィーク特別企画 史上最大のクリスマスショー(1)

第61回有馬記念の表彰式が終了し、例年ならその余韻に浸るひとときなのですが、今年は全国の競馬ファンに物凄いクリスマスプレゼントが用意されています。

なんと、東西を代表する名馬たちが一堂に会して行われるエキシビションマッチ、『夢の東西対抗リレー合戦』が開催されるとあって、メイン競走終了後とは思えない熱気に包まれています、ここ中山競馬場。

入場者数は1990年12月23日に記録した177779人をついに塗り替え、182000人と発表されています。

しかし、入場できなかったファンたちが、中山競馬場を取り囲んでおり、その様はあたかも元日の明治神宮といったところです。

放送席解説は大河原慶次郎さん、イザイケ脩五郎さんです。

おふた方、どうぞよろしくお願い致します。

では、まず大河原さんから伺います。

ズバリ、どちらが勝つと思われますか?

「そぉですねぇ~。出走馬を知らされていませんからねぇ…。なんとも言えませんが、東軍のアンカーはルドルフでしょ?だったら、勝つんじゃないんですか、東軍が、えぇ」(大河原慶次郎)。

そぉなんですよねぇ~。

実は私たちも、出走馬に関する情報は一切頂いておりません。

ただ、プログラムだけは用意されているので、関係者の中でも、出走馬に関する様々な憶測が飛び交っていますが…、イザイケさん、どうでしょう?この試み。

「いやぁ、楽しみだよねぇ…。オールスターで同時に走らせるっていうシミュレーションは、たまに雑誌の企画とかであるけど、リレーとはなぁ…楽しみグッフフフフフ」(イザイケ脩五郎)。

さて、お二人には、後ほどタップリと伺うことにしまして、ここでルール説明を致したいと思います。

まず、出走馬および騎手は、現役当時所属していたトレセンによって東西に分かれます。

負担重量は牡馬が58キロ、牝馬は56キロとなっています。

次に、リレーの方法ですが、各馬の鼻面にセンサーが付いており、決勝線に通過した時点で、それぞれのチームの次の走者がスタンバっているゲートが開くようになっています。

最後に使用コースですが、1200mから4100mまで、各種用意されており、全12回戦で雌雄を決します。

さぁ、そろそろスタートが近付いてきた模様です…。

あぁ、大歓声に迎えられて、ニューヨークヤンキースの田中将大さんがスタート台に向かいます!

旗が振られて、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によりますGⅠファンファーレ。

タクトを振るのは、もちろんヘルベルト・フォン・カラヤン。

…もう2時間聴いていたい。

そんなムードの中山競馬場ですが、すでに1回戦のゲートインが完了しています。

1回戦【混合マイル決戦 芝1600m】

さぁ、スタートが切られました!

1回戦はマイル決戦ということで、東軍はもちろんこの馬、タイキシャトルです。

鞍上には戸崎圭太。

そしてぇ…なんと、なんと、なんと!西軍ゲートから飛び出して行ったのは、サイレンススズカです!!

ニホンピロウイナー、あるいはモーリスもあるのでは?という声も聞こえた芝のマイル戦ですが、西軍の先陣に選ばれたのはサイレンススズカでした。

おぉ、そして、サイレンススズカの鞍上には…小島貞博です。

ミホノブルボンと比べて、乗り味はどうなんでしょう。

…などと言ってる間に、サイレンススズカのリードが7馬身、8馬身、9馬身と開いていきます。

「いやぁ、タイキシャトルはやりづらいだろうなぁ…。こういう競馬は恐らく初めてでしょ?ねぇ、大河原さん?」(イザイケ脩五郎)

「そぉ~だろぉねぇ…。でも、スズカは(ペースが)早過ぎますよ」(大河原慶次郎)

前半半マイルの通過は…44・5秒!

サイレンススズカのリードは14、5馬身に広がったか。

戸崎はまだ持ったまま。

初コンビではありますが、タイキシャトルの末脚を信頼しています。

さぁ、早くもサイレンススズカは4コーナーのカーブに差しかかります。

ここでタイキシャトルも徐々に進出を開始。

小島がステッキを抜いた。

戸崎も押している。

直線コースに向いて来た。

その差はまだ12、3馬身。

逃げるサイレンススズカ。

ここでタイキシャトルに戸崎のゴーサイン。

第二ロケットが点火され、物凄い勢いで飛んで来ます!

タイキシャトルだ!タイキシャトルだ!これが生粋のマイラーの切れ味だ!

あぁ、しかし、サイレンススズカも単なる逃げ馬ではありません。

ここからです。

ここから伸びるのが、サイレンススズカという伝説だぁ!

今、サイレンススズカがゴールイン!

2馬身ほど遅れてタイキシャトル。

2回戦【超絶レコード・ダートマイラー対決 ダート1600m】

先に飛び出した西軍は、ダート1600m(東京)のレコードホルダー・クロフネです。

鞍上は内田博幸。

これを追って、東軍は1992年に1分34秒5(東京)という、驚異的なレコードを樹立したナリタハヤブサ、鞍上・柴田政人です。

このタイムを見たとき、ファン、関係者が口を揃えて言ったのが、「今世紀中に塗り替えるのは不可能」でした。

そして、そのレコードを塗り替えたのが、新世紀を迎えた2001年、クロフネの1分33秒4という、これまた驚異的なタイムでした。

その差は1・1秒、競馬においては圧倒的な差ですから、西軍有利は否めないか。

「ただ、クロフネのレコードは斤量57キロだけど、ナリタハヤブサのレコードは60・5キロを背負ってのものだからなぁ…。底力はナリタの方が上だと思うよ」(イザイケ脩五郎)。

「(イザイケ)先生の言っていることも分かりますけど、57キロならナリタハヤブサが1分33秒4で走れるか?って言ったら、それは無理でしょう。もちろん、クロフネが60・5キロを背負って1分34秒5ですか、で走るのも無理ですよ。問題は、今回の58キロでどっちが速く走れるかってことでしょう?だったらクロフネでしょう、えぇ」(大河原慶次郎)。

この対決を実現させるため、特設されました中山競馬場のダート1600mのコース。

前を行くのはクロフネですが、リードはさほど大きくは取らず3~4馬身といったところか。

あぁ、そういえばクロフネは東京以外のダートを走るのは、これが初めてですね。

その辺り、少し戸惑いがあるのか?

一方、百戦錬磨のナリタハヤブサは、向こう正面から4コーナーにかけての下り坂を利用してジワジワと差を詰めていきます。

この辺は巧い柴田政人です。

さぁ、馬体が合って最後の直線へと向いていきます。

ナリタハヤブサ、クロフネ、最後の力比べは両者譲らず残り200m。

ここでクロフネが抜け出した!

ナリタハヤブサも懸命に食い下がる!

しかし、これを振り切り2馬身ほどのリードを取ってクロフネが先着ぅ!

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